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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(し)67号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

(抗告趣意に対する判断)

弁護人杉之原舜一ら連名の抗告趣意第一、第三、第四について

所論は、申立人提出の所論証拠弾丸に関する証拠が、いまだ刑訴法四三五条六号所定の再審理由にあたるものではないとした原決定の判断を論難する事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、同法四三三条所定の適法な抗告理由にあたらない。

同抗告趣意第二について

所論は、申立人の本件再審請求が刑訴法四三五条一号、二号、四三七条所定の再審理由のある場合にあたるとして、原決定の違憲(憲法三一条、三七条違反)をいうが、記録によると、申立人の本件再審請求は、刑訴法四三五条六号所定の再審理由にあたる事実があるものとしてなされたことが明らかであるところ、再審請求受理裁判所は、再審請求の理由の有無を判断するにあたり、再審請求者の主張する事実に拘束され、原裁判所も右再審請求受理裁判所の判断の当否について審査することができるにとどまるから、右の事実以外のあらたな事実を主張して原決定の判断を論難することは許されないものというべく、結局、所論は、原決定の説示に副わない事実を前提として原決定の違憲を主張するものに帰し、同法四三三条所定の適法な抗告理由にあたらない。

同抗告趣意第五について

所論のうち、違憲(憲法三一条違反)をいう点は、その実質は、すべて事実認定、単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、いずれも刑訴法四三三条所定の適法な抗告理由にあたらない。

なお、同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実誤認につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

この見地に立って本件をみると、原決定の説示中には措辞妥当を欠く部分もあるが、その真意が申立人に無罪の立証責任を負担させる趣旨のものでないことは、その説示全体に照らし明らかであって、申立人提出の所論証拠弾丸に関する証拠が前述の明らかな証拠にあたらないものとした原決定の判断は、その結論において正当として首肯することができる。

申立人本人の抗告趣意について

所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条所定の適法な抗告理由にあたらない。

(原決定の結論を正当と認める理由)

なお、弁護人及び申立人の所論にかんがみ、当審が原決定の判断はその結論において正当として首肯することができるものとする理由を付言すれば、以下のとおりである。

一  所論は、要するに、申立人が本件再審請求にあたり提出し原決定において新規性があるものとされた証拠、すなわち、発射弾丸の腐食実験に関する鑑定書、所論証拠弾丸の綫丘痕の幅、角度、キズ等の比較対照・測定に関する鑑定書等(以下「新証拠」という。)によれば、原確定判決(以下「原判決」という。)が有罪認定の証拠として挙示する二個の弾丸(札幌高等裁判所昭和三二年領第八八号の証二〇七号及び同二〇八号の各弾丸、以下「証拠弾丸」という。)の腐食状況からして、その証拠弾丸が発見押収されるまで一九箇月または二七箇月もの長期間にわたり札幌市郊外幌見峠滝ノ沢山中の土中に埋没していたものとは認められず、また、白鳥課長の体内から摘出された弾丸(前同領号の証二〇六号の弾丸、以下「摘出弾丸」という。)と証拠弾丸とを比較すると、両者は、その綫丘痕等の状況からして、同一の拳銃から発射されたものとは認められないにもかかわらず、原判決は、これに反する認定をしたのに対し、原決定は、これらの点に関し、新証拠である右鑑定書等の見解に従って判断したものであるから、結局、原決定は、証拠弾丸が捜査機関によって偽造されたものであることを承認しながら、一方において原判決の事実認定において証拠弾丸の占める重要性を不当に過小評価し、結論として新証拠が刑訴法四三五条六号所定の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」(以下「証拠の明白性」という。)にあたらないとしたのは、不当であるというのである。

なるほど、原決定は、申立人提出の新証拠に基づき、証拠弾丸が「一九月ないし二七月幌見峠の土中に埋没していた可能性は、絶無であるかどうかは別としてきわめて小さくなったと考えられる」とし、また、証拠弾丸と摘出弾丸とが「同一の拳銃から発射されたことについては、その可能性が絶無であるかどうかは別として、少くとも大きな疑問を生じたといわなければならない」と説示している。

しかし、原決定は、右説示に引き続き、「前記二点が完全に否定されるかどうかは、しばらくこれを措くとし、かりに右二点を消極に解した場合、それが原確定判決の認定に、どのような影響を与えることとなるかとの観点から、検討を進めることとする」として、証拠弾丸の長期埋没の可能性及び三弾丸の発射拳銃の同一性の可能性をいずれも否定した場合における原判決の証拠関係を検討した結果、原判決の有罪認定はこれを覆すに足りず、申立人提出の新証拠は、いまだ証拠の明白性の要件を具備するものではないとの結論に到達しているのであって、このことは、原決定の説示に照らし明らかなところである。したがって、原決定は、所論が主張するように、証拠弾丸の証拠価値を完全に否定し、証拠弾丸が前記幌見峠の山中に長期間埋没していたものとは認められないとか、また、証拠弾丸と摘出弾丸とが同一拳銃から発射されたものとは認められないとか、ひいては証拠弾丸が捜査機関によって偽造されたものであるなどと断定しているものでないことが明らかであるから、原決定は証拠弾丸が偽造されたものである旨を認定したとの前提に立って原決定を論難する所論は、その前提自体において失当というほかはない。

二  ところで、申立人は、本件再審請求の審理の過程で、証拠弾丸に関する新証拠を多数提出しており、その中でも下平三郎教授らの弾丸の応力腐食割れに関する実験結果についての新証拠(とくに、証二九号、証三〇号)は、科学的根拠のあるものとして尊重すべきものと認められる。もっとも、合成金属の応力腐食割れ現象が環境条件によって大きく左右されることは、一般に承認されているところであり、下平教授らのした右実験の際の環境条件と証拠弾丸が発見押収されるまでの環境条件とが全く同一であったという保障はないのであるから(記録によると、右実験は、証拠弾丸の発見当時の埋没状態と同一の状態を実験期間中保守してなされたものであるが、証拠弾丸が発見当時と終始同一の埋没状態にあったという保障はなく、また、証拠弾丸の発見場所は、右実験当時、既に石材採取場となっていて、現場実験を行うことができないので、右実験は証拠弾丸の発見された場所から少し上方の場所で行われたことが明らかである。)、右実験結果がそのまま直ちに本件証拠弾丸にあてはまるとするには疑問が残るとしなければならない。しかし、この点の疑問を考慮に入れても、原決定の説示するとおり、証拠弾丸の証拠価値が「原判決当時に比べ大幅に減退したと言わざるを得ない」のであるとするならば、それが原判決の証拠判断に影響を及ぼす可能性のあることは否定しがたいところである。すなわち、原判決は有罪認定の証拠として多数の関係証拠とともに証拠弾丸を挙示しており、一般に、総合認定における各証拠は、相互に関連するものとして裁判官の心証形成に作用するものであるから、証拠弾丸の証拠価値が原判決当時に比べ大幅に減退したことを前提とするかぎり、単に証拠弾丸の証拠価値の低下という問題にとどまらず、証拠弾丸と相互に関連する他の証拠の信憑性に影響を及ぼすことのありうるのはもとより、証拠弾丸の証拠価値の低下の反射的効果ないしこれと相互関係にあるものとして、証拠弾丸に関し第三者の作為ひいては不公正な捜査の介在に対する疑念が生じうることも否定しがたいといわなければならない(しかし、それはあくまでも疑念にとどまるものであって、それ以上に出るものではない。)。刑訴法四三五条六号の運用は、同条一号、七号等との権衡を考えて同条全体の総合的理解の上に立ってなされるべきものであり、したがって、もし、かりに右のような疑念があるとすれば、新証拠と他の全証拠との総合的な評価により原判決の認定に合理的な疑いを生じることになるかどうかを判断するにあたって、このことを充分に念頭に置き、とくに厳密な審査を加えることを要するものといわなければならない。そこで、右のような見地に立って、原決定の当否を審査することとする。

三  証拠弾丸の証拠価値の変動が他の証拠の信憑性にどのような影響を及ぼし、ひいては原判決の事実認定にどのような影響を及ぼすことになるかを検討するにあたっては、何よりもまず、原判決の有罪認定とその証拠関係の中で、証拠弾丸が有罪認定の証拠としてどのような位置を占め、裁判官の心証形成上どの程度の比重をもつものであるかを明らかにすることが必要である。そこで、原判決の有罪認定とその証拠関係を見ると、その骨子は次のとおりである。

(一)  申立人が本件再審請求の対象とする事実は、原判決が引用する第一審判決(以下「第一審判決」という。)判示第二の(七)の事実、すなわち、原決定が要約するとおり、「昭和二七年一月申立人村上が宍戸均、佐藤博らと白鳥警備課長の殺害を共謀し、佐藤博らをして白鳥課長の動静調査を行なわせ、その間佐藤博を殺害の実行担当者に選び、ブローニング拳銃を携行させ、白鳥課長殺害の企図実現に努めるうち、同月二一日午後七時四二分ころ佐藤博において、札幌市南六条西一六丁目三輪崎(原決定に「三輪」とあるは誤記と認める。)方前附近で、所携のブローニング拳銃を二発発射して白鳥課長を殺害した」という事実(以下「要証事実」という。)である。また、第一審判決は、右要証事実に関する事実の一つとして、申立人が昭和二六年一〇月ごろ宍戸均らと共謀のうえ、石川重夫を介してブローニング拳銃一丁及びその実包約一〇〇発を入手して保管していたとの事実(第一審判決判示第二の(二)の(2)の(イ)の事実)を認定しており、原判決及びその引用する第一審判決は、申立人らが入手し保管していた拳銃と佐藤博が白鳥課長の殺害に使用した拳銃とは同一拳銃であるという趣旨の認定をしていることが、その説示に照らして明らかである。

(二)  ところで、第一審判決は、要証事実の認定資料として多数の証拠を挙示しているが、その補足説明において、要証事実を推認するための間接事実として二七箇の事実を認定し(原判決が除外した事実を除く。)、各事実につき関係証拠を挙示している。すなわち、

(A) 証拠弾丸に直接関係する間接事実として「高安知彦らがブローニング拳銃の射撃訓練をした場所から発見された二個の弾丸と白鳥課長の体内より発見された弾丸は、いずれも公称口径七・六五粍ブローニング自動装填式拳銃または同型式の腔綫を有する拳銃より発射されたものと認められること、右の三弾丸の綫条痕には極めて類似する一致点が存すること」との事実を認定し、その証拠として、証拠弾丸、摘出弾丸、証拠弾丸の発見差押に関する捜索差押調書、各弾丸の綫条痕の類似性に関する磯部孝作成の鑑定書、第一審裁判所の証人磯部孝に対する尋問調書等を挙示している。

(B) 他方、佐藤直道、高安知彦、追平雍嘉の第一審公判廷における各証言(以下、公判廷における証言は、便宜上「公判証言」と略称する。)を中心として、有岡襄、山本昭二、石川正止郎の各公判証言、村手宏光、志水尚史、高津和夫の検察官に対する各供述調書(以下、検察官に対する供述調書は、便宜上「検察官調書」と略称する。)(以上の供述者は、いずれも事件当時日本共産党関係者である。)等を証拠として、その余の間接事実を認定しているが、その中で注目すべきものを摘記すると、

(1) 当時白鳥課長は、共産党員から弾圧者として敵視されていたこと、

(2) 申立人は、昭和二六年一二月下旬幹部教育の席上、「白鳥は、もう殺してもいいやつだな。」と述べていたこと、

(3) 佐藤直道は同月下旬ブローニング拳銃を携行している宍戸均に会った際、同人が「年末警戒で警察官も出ているし、何か言ったら一発ぶっ放してやるんだ。」などと言ったので、その二、三日後申立人に会ってその話をしたところ、申立人は、「全党に模範を示すんだろう。警察官の一人や二人やったって浮かないさ。」「共産党を名乗って堂々と白鳥を襲撃しようか。」などと言っていたこと、

(4) 申立人は、同月末高安知彦ら中核自衛隊員に対し、いわゆる座込み事件を契機とする高田市長宅、塩谷検事宅への投石等の闘争を指示した際、白鳥課長は警察官でもあるし、年が明けてから慎重に計画し徹底的にやる旨述べていたこと(ちなみに、右座込み事件とは、第一審判決の認定したところによると、昭和二六年一二月二七日自由労働組合所属の日傭労務者らが札幌市役所において札幌市長高田富与に対し「餅代よこせ」などと要求して座り込み、これに参加した日本共産党員らが住居侵入により同市警察本部警備課長白鳥一雄の指揮する警察官に検挙された事件を指し、申立人は、これを不当弾圧であるとして、右事件の責任者である高田市長、取調べに当った札幌地方検察庁検事塩谷千冬及び右白鳥課長を目標として反撃し、いわゆる反ファッショ闘争を開始することを企て、中核自衛隊員らと共謀のうえ、同月二九日及び三一日高田市長、塩谷検事の各居宅の玄関ガラス等に石、コンクリート塊等を投げつけ、これを毀棄したとされており、この事実は、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項〔当時の規定〕の罪として、有罪が確定している。第一審判決判示第二の(四)の事実参照)、

(5) 申立人は、昭和二七年一月四日高安知彦ら中核自衛隊員に対し、白鳥課長に対する攻撃は拳銃をもってやる旨を告げ、そのため直ちにその動静を調査するよう指示し、その日から白鳥課長の動静調査が開始されたこと、

(6) 右動静調査開始後一両日中に佐藤博が高安知彦らの調査活動に加わったこと、

(7) 同月中旬佐藤博は路上で白鳥課長と遭遇し、これを射殺すべく所携のブローニング拳銃の引金を引いたが発射しなかったため、未遂に終ったこと、

(8) 申立人は、佐藤博の白鳥課長殺害未遂の事実を知っており、後にこれを佐藤直道に語っていたこと、

(9) 佐藤博も拳銃の射撃訓練を行ったことがあり、同月初旬ごろ二回にわたり、佐藤直道に対し、白鳥課長は生かしておく必要がない旨を語っていたこと、

(10) 佐藤博は、同月二一日の白鳥事件に近いころ、自宅においてブローニング拳銃を所持していたこと、

(11) 佐藤博は、同月二二日ごろ追平雍嘉に対し、白鳥課長の殺害犯人は自分である旨打ち明け、犯行の状況を詳細に説明していたこと、

(12) 申立人は、佐藤直道に対し、白鳥課長を射殺したのは佐藤博である旨を語っていたこと、

(13) 事件の翌日の同月二二日午前、高安知彦が北大寮の一室を訪ねた際、申立人がいわゆる天誅ビラの原稿を書いていたこと、

(14) 申立人は、右ビラを印刷させこれを札幌市内に頒布させたが、右ビラには、「見よ天誅遂に下る!」「自由の凶敵! 白鳥市警課長の醜い末路こそ全ファシスト官憲共の落ちゆく運命である」との見出しのもとに、「人も知る悪名高いファシストの親分! 白鳥市警課長が殺されたことは、彼がながいあいだ権力をかさにきて悪行のかぎりをつくしてきたことからみてあまりにも当然のことである。(中略)白鳥はこのような市民弾圧の総指揮官であり(中略)も早彼をこの世にのさばらせておく限りわが市民は一かけらの自由も許されないほどの大ファシストであったのだ。(中略)ファシスト共の運命は、白鳥の死によって一層あきらかになった。(中略)一九五二年一月二十二日日本共産党札幌委員会」等の文言が記載されていること(申立人がいわゆる天誅ビラ一万数千枚を印刷させて頒布した事実は、団体等規正令二条七号、三条、一三条一号、破壊活動防止法附則三項によって有罪とされ判決が確定している。第一審判決判示第二の(八)の事実参照)、

(15) 事件後日本共産党北海道地方委員会の村上由が白鳥事件は党と無関係である旨の新聞談話を発表したが、これに関し申立人は「由のやつ裏切りやがったな。」と憤慨していたこと、

(16) 同年二月初めごろ、右北海道地方委員会では、白鳥事件が農民的ゴロツキ的でありプチブルのあせりであると結論し、申立人に自己批判を求めていたこと、

(17) 北海道地方委員会の見解に従い、札幌委員会の白鳥事件に対する態度ないし方針に逐次変化がみられたこと、

(18) 同年八月下旬ごろ、地方委員会の幹部教育が行われ、軍事方針の偏向について論議した際、議長の吉田四郎は、「白鳥事件は吹田事件などに比べ比較にならない程偏向している。」と述べ、札幌委員会全体が自己批判すべきであると語っていたこと、

(19) 事件後、白鳥事件関係者の中には、やがて所在不明となった者も多かったが、これには申立人をはじめ党関係者が関与したものと推認されること、

などの事実である。そして、第一審判決は、白鳥事件発生当時その現場に通り合わせた犯行目撃者成田石雄、高橋アキノ、坂本勝広の各検察官調書、犯行現場の実況見分調書、凶器・死因に関する各鑑定書等により認められる犯行状況、犯人の人相、特徴、犯行現場の状況等は、追平雍嘉が事件直後佐藤博から説明を受けたとする犯行状況(前記(11)の事実)とほぼ一致する旨認定しており、また、申立人が白鳥事件関係者の逃亡に関与した事実の認定資料として、佐藤直道、矢内鷹雄の各公判証言等のほか、当時札幌委員会の連絡係として連絡任務に従事中逮捕された右矢内鷹雄が逮捕の際領置されたレポ一通(前同領号の証二〇一号、「報告6/23せんばん<サ>」と題するものであって、右レポには、拘禁中の申立人が面接に来た菱信吉特別弁護人を通じて指示した連絡事項として、「とくにモグらせた人間(当時札委関係)は絶対に活動させぬ様出来れば外国へやって貰いたいことを支店へ伝えて貰いたいと伝言あった」旨の記載がある。)を挙示している。

(C) また、第一審判決は、申立人らが拳銃を入手して保管していた事実に関し、その証拠として、右拳銃の入手仲介者である石川重夫、当時前後してブローニング拳銃を現認したとする石川光男、石川正止郎、有岡襄、追平雍嘉、佐藤直道らの各公判証言、検察官調書等のほか、昭和二七年一月上旬札幌市郊外幌見峠滝ノ沢山中でブローニング拳銃を用いて射撃訓練をしたとする高安知彦の公判証言及び同所から後日発見領置されたとする本件証拠弾丸二個を挙示している。そして、第一審判決は、右拳銃現認者らの供述する拳銃の大きさ、形状、種類、包み布等がほぼ一致していること、申立人らの拳銃入手に関し資金面の制約があった事情、拳銃の保管期間、同一種類の拳銃を複数入手することの困難な事情等の事実に基づき、申立人らが当時入手保管していたブローニング拳銃は、終始同一拳銃であり、この拳銃と佐藤博が昭和二七年一月中旬白鳥課長と路上で遭遇した際、所持していたブローニング拳銃(前記(B)(7)の事実)、及び佐藤博が白鳥課長を殺害する直前、自宅で所持していたブローニング拳銃(前記(B)(10)の事実)とは、それぞれ同一拳銃であることを認定し、この認定を前提として、証拠弾丸と摘出弾丸との綫条痕の類似性を加味し、結局、第一審判決は、申立人らが入手して保管していた拳銃(以下「保管拳銃」と略称する。)と佐藤博が白鳥課長の殺害に使用した拳銃(以下「凶器拳銃」と略称する。)とは、同一拳銃であるという趣旨の認定をしていることが、その判文に照らして明らかである。

四  右に検討した原判決及びその引用する第一審判決の基礎となった証拠関係から明らかなとおり、原判決は、証拠弾丸及びこれに関連するその他の証拠により前記三(二)(A)の間接事実を認定するとともに、他方、証拠弾丸を除くその余の証拠、殊に佐藤直道、高安知彦、追平雍嘉を中心とする当時の日本共産党関係者らの公判証言等により前記三(二)(B)の(1)ないし(19)の事実を含む合計二六個の間接事実を認定しているが、このうち前者は要証事実との関係においては直接の関連性に乏しく、せいぜい保管拳銃と凶器拳銃との同一性を推断するための一つの間接事実にすぎないのに反し、後者の二六個の間接事実は、いずれも多義的に解釈される余地のあるものではなく、相互に密接に関連しながら一義的に要証事実と結びつくものであり、決して証明力が弱いかまたは充分でない情況証拠を漫然と量的に積み重ねたにすぎないものではないのである。このように、まず、原判決の基礎となった証拠関係に占める証拠弾丸の位置という見地から全般的に考察するかぎり、原判決の認定は証拠弾丸に依拠しているものではなく、かりに原決定の説示するとおり、証拠弾丸の証拠価値が原判決当時に比べ大幅に減退しそのために前記三(二)(A)の間接事実の認定に動揺を来たすとしても、これによって直ちに原判決のその余の間接事実の認定、ひいては要証事実の認定に合理的な疑いが生じる関係にあるものでないことは明らかである。そこで、このことを前提としながら、さらに個々の部分に立ち入って検討することにする。

(1) 他の証拠の信憑性への影響について

もとより、新証拠を他の全証拠から切り離し、新証拠のみに基づいて原判決の有罪認定が動揺するかどうかを判断すべきでないことは、既に説示したとおりであるが、同時にまた、証拠弾丸の証拠価値の変動による他の証拠の信憑性への影響を厳密に審査しなくてはならない。

(イ) 高安証言への影響について

既に明らかにした原判決の証拠関係からすれば、原決定の説示するとおり、証拠弾丸の腐食状況から、証拠弾丸が「一九月ないし二七月幌見峠の土中に埋没していた可能性は、きわめて小さくなった」とすると、何よりもまず、証拠弾丸の発見された場所で拳銃の射撃訓練をしたという高安知彦の公判証言の信憑性、ひいては原判決の要証事実認定の上で重要な証拠とされている同人の証言全般の信憑性が、問題となりうるであろう。しかし、高安知彦は、拳銃の射撃訓練に関し、同時に手りゅう弾の爆発実験をも行った旨の証言をしており、これを裏付ける物的証拠(前同領号の証一号、領置にかかる不発の手りゅう弾)がある等、原決定の詳しく説示する理由により、同人の公判証言全般について、証拠弾丸の証拠価値の変動を充分考慮に入れても、なおその証言の信憑性を否定しがたいとした原決定の判断は、正当として是認することができる。

(ロ) その他の証言等への影響について

次に、原決定の判断に従い、証拠弾丸の証拠価値に大幅な変動があったことを前提として、証拠弾丸と直接関連する証拠ではないが要証事実についての原判決の認定の上で重要な証拠とされた佐藤直道、追平雍嘉の各公判証言の信憑性を慎重に検討しても、その信憑性を否定しがたいとした原決定の判断は、正当として是認することができるのであり、その余の関係証拠についても、確定記録に基づいて慎重な検討を加えたが、なんらその信憑性を疑うべき資料は発見することができなかったのである。

(2) 拳銃の同一性に関する認定への影響について

原判決は、保管拳銃と凶器拳銃とが同一の拳銃であり、高安知彦らは保管拳銃を用いて射撃訓練をしたとの前提に立つものであり、また、証拠弾丸と摘出弾丸とが原判決の右拳銃の同一性認定に関する物的証拠として唯一のものであって、右認定が要証事実についての原判決の認定の重要な基礎とされていることは、原判文に照らして明らかである。したがって、原決定の説示するとおり、証拠弾丸と摘出弾丸との綫丘痕等の状況から、三弾丸が「同一の拳銃から発射されたことについては、少くとも大きな疑問が生じたといわなければならない」とすると、原判決の右拳銃の同一性に関する認定ひいては要証事実についての原判決の認定の当否が問題となりうるであろう。

しかし、既に明らかにした原判決の証拠関係からすれば、原判決は証拠弾丸と摘出弾丸とを証拠として直接に両者の発射拳銃の同一性を認定しているわけではなく、証拠弾丸、摘出弾丸その他の証拠から右事実を認定しているのである。すなわち、摘出弾丸と高安知彦らが拳銃の射撃訓練をした現場から後日発見されたという証拠弾丸との綫条痕に類似性があるとの事実(前記三(二)(A)参照)は、保管拳銃と凶器拳銃との同一性を認めるべき一つの間接事実にすぎないのであり、原判決は、この間接事実のほか、前記三(二)(C)において説明したとおり、証拠弾丸及び摘出弾丸以外の証拠によって認定した間接事実に基づき右拳銃の同一性を認定しているのであって、証拠弾丸と摘出弾丸との綫条痕の類似性のみに基づいて右拳銃の同一性を認定しているものではないから、証拠弾丸と摘出弾丸との綫丘痕等の状況から三弾丸が同一の拳銃から発射されたことについて大きな疑問を生じたとしても、そのことから直ちに原判決の右拳銃の同一性に関する認定、ひいては要証事実についての認定が動揺するものとは認めがたいのである。

なお、所論の証拠弾丸に関する新証拠は、たかだか本件の証拠弾丸が前記射撃訓練当時のものでないことを指示するにすぎず、「射撃訓練当時のものであって、しかも摘出弾丸を発射した拳銃とは異なる拳銃によって発射されたものである」という趣旨のものではないのであるから、右拳銃の同一性を否定する積極的な意義をもつものではないのである。

(3) 原判決の基礎となった証拠の特殊性

原判決の事実認定の重要な基礎となった佐藤直道、高安知彦、追平雍嘉らの各公判証言は、いわゆる転向者の証言であるとはいえ、いずれも公判廷におけるきびしい反対尋問に耐えたものであって、捜査官側の作成した供述調書がそのまま有罪認定の証拠とされているものではない。これらの公判証言の信憑性が否定しがたいことは、既に説示したとおりであって、これらの証言が虚偽のものとされないかぎり、要証事実についての原判決の認定は、容易に動揺するものではないのである。もし申立人らにおいてこれらの証言が虚偽であると信じていたのであれば、つとにしかるべき法的手段をとっていたはずである。

(4) 原判決を支持しうる積極的証拠

原判決の認定する要証事実の骨子は、佐藤博が白鳥課長射殺の実行犯人であり、申立人が右殺害につき佐藤博と共謀関係にあったというものであって、佐藤博が右殺害の実行犯人であるとの原判決の認定は、右殺害現場に通り合わせた目撃者の供述、事件発生の直後に佐藤博から犯行状況の説明を受けたとする追平雍嘉の公判証言、原判決が認定する佐藤博の事件発生前の言動に照らし、証拠弾丸の証拠価値の変動にかかわらず、覆しがたいものといわなければならない。しかも、佐藤博が事件発生の直後に逃亡し現在に至るまで行方不明となっていることは、本件記録上明らかであるところ、原判決の挙示する証拠によれば、申立人が当時佐藤博の逃亡に関与したものと推認しうることは、原判決の判示するとおりである。そして、原判決が要証事実を推断するために認定した多数の間接事実によって明らかにされた事件発生前後における申立人の言動、日本共産党北海道地方委員会が申立人を含む同党札幌委員会全体に自己批判を迫った事情等に照らせば、当時同党札幌委員会の委員長の地位にあった申立人と当時申立人の下で活動していた佐藤博とが、白鳥課長の殺害につき、共謀関係にあったとする原判決の認定は、証拠弾丸の証拠価値の変動にかかわらず、覆しがたいものといわざるをえないのである。

以上(1)ないし(4)にわたって試みた分析的な検討は、既述の全般的考察とあいまって、原判決の正当であることを基礎づけるものである。

五  要するに、所論の証拠弾丸に関する新証拠は、原判決の認定について合理的な疑いをいだかせるに足りないというべく、右新証拠が刑訴法四三五条六号所定の証拠の明白性の要件を具備しないとした原決定の判断は、その結論において正当として是認することができる。

よって、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 団藤重光)

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